圧巻!!松本城

圧巻!!松本城

松本城の歴史

長野県の松本市にある松本城は標高590mの松本盆地に築城されました。安土桃山時代末期から江戸時代初期に建造された天守は国宝に指定されて日本のお城の乾小天守は最古の天守であり又、国の史跡に指定されています。松本城の歴史は古く500年前に前身として深志城と呼称されていました。室町時代の島立一族が築城したあとに豊臣秀吉の世になった1590年に石川数正が城主とされています。石川氏は豊臣秀吉の信頼厚い武将と言われていました。元々石川氏は豊臣秀吉と敵対していた徳川家康の配下でしたが1585年大阪へ出向き豊臣の配下になりました。その後、旧城主の小笠原氏のあとに松本城に入りました。そんな経緯で松本城を豊臣秀吉への忠誠心で大阪城の様に松本城を漆黒で統一されたと言われています。江戸時代に建てられた姫路城や弘前城の様に城の殆どは白亜の天守が多い中、松本城は漆黒の城として現存しています。姫路城は別名、白鷺城と呼ばれそれに相対して松本城は烏城とも呼ばれました。その当時、徳川家康の関わる武将が建てた城は優雅な厳かな白色を好み豊臣秀吉の関わる武将が建てた城は金が良く映える漆黒を好んだとされます。天守が国宝指定とされている城はその他にも姫路城、犬山城、彦根城、松江城です。

松本城の構造とは

松本城の天守建物の壁面上部は白漆喰で下部は黒漆喰の下見板で覆い対象的な美しさを醸し出して黒と白の対比が絶妙なコントラストです。松本城の外観は3重ですが内部は4階構造となっており下から上に向かって細くなっています。外側から見えない屋根裏部屋のような階があり望楼型と呼ばれる天守になっています。松本城の構造は通柱の天守3階でよくみられる高層化で1階2階を通柱で組み立ててその上に3階、4階を通柱で組んだものを積み上げています。現在の天守の温存している城と言えば松本城と姫路城だけです。現在では天守を残す城自体は12程しかなくそのうち5重の天守は松本城と姫路城と松本城の2個だけが現存しています。この12の城の多くは平山城ですが松本城も北アルプスを背景に平城で天守を囲んで3重の水堀が巡り他の城では見られない絶景の平城となっています。戦国時代末に作り上げた戦闘に備えた天守には世が平成を求めた寛永時代に増設された月見櫓が優雅に武装備を感じさせない建築物とこの月見櫓は朱塗りの舞良戸で3方角を解放した独特な天守を見る事が出来ます。

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